KIM's Thinking Time

アクセスカウンタ

zoom RSS お薦め本「死の壁」と「オランダはみどり」

<<   作成日時 : 2005/04/10 23:32   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

友人Nが最近貸してくれた本を読んでいる。

死の壁」(養老孟司著・新潮社)がそれである。
「バカの壁」の続編であり、人生の最後の姿である「死」を
直視することにより初めて見えてくる、人間の生きる姿を再考
させられる本だ。

後半には、「安楽死とエリート」と題した章がある。
オランダでは安楽死は合法となっている。安楽死をする患者は
主役であり、安楽死を希望する意思は尊重され、安楽死議論の
中心となるため世間には知られていると思う。これに対して
養老先生は、あえて安楽死させる医者の立場について考え、
一生つきまとうであろう重荷について、この本で述べている。
人を助けるはずの医者が、他方で死を早める処置をする矛盾さ。
だがそれは「三人称の死」だからこそ可能な処置だろう。
(※「死体の人称」という考え方は第四章で紹介あり)

ここで以前読んだことのある本を思い出した。
オランダはみどり」(ネーダーコールン靖子著)には、安楽死
を選んだ靖子さんが自分に迫った死を考え、生きる意味をポジ
ティブに捉える面と不安になる面が述べられている。

靖子さんはオランダ人のロブさんと国際結婚してオランダに住み、
甲状腺ガンとの闘病の末、日本人で初めて安楽死を選択した人。
日本を愛し多くの短歌・俳句を残し朝日新聞にも多数掲載された。

靖子さんの「人としての尊厳を大事にするため安楽死を選択する」
という意思に対し、夫ロブさんはどう決心したのか。最期は声も
かすれ、処置直後のノートには「あと十分で逝きます」の文字が。
当時10代の長男、長女、また周りの人は、その事実をどう受け
入れることになったのか。末期ガンのため止む無しとは簡単には
解釈できないだろう。

日本のTVで安楽死をテーマにした番組が企画されるたびに、必ず
ロブさんの家族は注目され、インタビューにより当時の気持ちを
語るシーンがある。そういう番組は数回あったが、当人たちは思い
出すたびに辛いに違いない。それは養老先生の言うところの
「二人称の死」だからである。そういう患者が親族に居たら、私
はどう受け止めたらいいのだろうか、などと考えたりする。

自分の寿命が迫って来た場合に自分も靖子さんのように強く生き
られるのか、健康である今の自分の生き方は靖子さんに恥じること
なく正々堂々としているだろうか。答えは簡単ではないだろうが、
自分に問い続けていきたいものである。

自分の生き方を問い直すにはどちらの本もお薦めである。

※下記の記事へトラックバックさせて頂きました↓
参明学士さん
ろたさん
マッシュさん
goorooさん
りんごさん

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
オランダの話なのでクライフ小僧のもとりあえずカキコ。
重たい話だ。
職場の同僚から「クライフさん、朝、起きたとき足の裏がチクチクすることない?」と聞かれた。その痛みは夜に足の裏の神経細胞が死んだ後遺症だそうだ。40過ぎならだれにでも起きてもおかしくない老化現象で、職場でも体験者が何人かいるそうだ。
江戸時代では40過ぎればいつすでに老人。今はどうだろう。80過ぎても元気な人がわんさか。
医学の進歩、伝染病の根絶、また健康情報満載の現代では「生きよう」とすれば結構長生きで、不摂生の私でももう45年も生きている。
人間の体はちゃんと使えば200歳弱まで持つらしい。
個人的には「命の長さを自ら決めるべきではない」という思いもあるし、「科学の力で人の命を勝手に操作していいんだろうか」という思いもある。
ちなみに私は起床後のチクチクは未経験。但し、尿酸値が高かった頃、痛風の一歩手前まで行って、指先がチクチクする痛みは体験済み。
クライフ小僧
2005/04/11 13:45
はじめまして、トラックバックありがとうございました。
自分も安楽死の部分関心を持って読みました。
大学で法律を学んだということもあって、法律面からの安楽死をどう考えるか、そこから生命倫理など、色々手を出しました。
安楽死を望む人、させる医者、同じ「安楽死」というひとつの行為にも関わらず、視点をかえるだけで決して一義的に割切れない。
それはやっぱり、人の「死」というものを考えているから当然なのかなとも思いますが。
今のところ、考え続け問い続けるだけで一杯一杯です(^^;)
りんご(♂)
2005/04/12 01:44
コメントをありがとうございました。
返答が遅くなりすみません。
法律面からは、やはり死に対する客観的な基準が必要になりますよね。
脳死判定と同じように安楽死許容範囲(理由)は、制度の悪用防止
まで考えると、どこか割り切れなかったり中途半端な制度になって
しまいがちです。安楽死法案がオランダでは出来て、日本で出来ない
理由は単なる国民性の差なのでしょうか?それとももっと根深いもの
があるのでしょうか?
KIM
2005/04/23 00:31

コメントする help

ニックネーム
本 文
お薦め本「死の壁」と「オランダはみどり」 KIM's Thinking Time/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる